国際チェス連盟が定めているタイトル(段位)の中で最上位に位置するのが 「グランドマスター(GM)」です。
今までに累計約1900人が獲得している称号ですが、日本人ではまだ1人も到達していません。
古くは貴族の遊びであったチェスですが、世界的に広まり大衆娯楽となった現代、特に1950年以降では、10代でGMを獲得する選手も増えてきています。
GMからワンランク下に当たるインターナショナルマスターに9歳2ヶ月で就いたアメリカの Abhimanyu Mishra君は、 コロナ禍で大会開催が制限された状況にも拘わらず、あと少しでGMになる成績を収めており、到達すれば史上年少記録を更新する勢いです。

チェスは、誰もがルールを覚えることから始まります。対戦を重ねる中で自分の考え方や経験を積み重ねて行き、大人も交えた大会に出る様になっていきます。ここまで上達すると、対戦相手もレベルが高い試合の連続となるため、長い対局時間を乗り越えるための体力と集中力を持続することが求められてきます。
経験豊かな大人のプレイヤーでもタフな大会で、なぜ子供が良い成績を残すことができるのかを考察した論文を紹介します。
1)記憶の処理能力
人間は、子供から大人になるに従って知識量が圧倒的に増えてきます。 スタートとなる子供の頃の脳は真っ白のキャンバスに例えることができ、全てをあるがままにそっくり覚えてしまう特性があります。このように情報を機械的に脳に蓄積していくことを、機械記憶と呼んでいます。
機械記憶は全てを単純に記憶する方法なので、情報量が膨大なケースでは脳のエネルギー消費が非常に多くなります。
その為、大人になるに連れて無駄な情報を省き内容を要約して記憶する様になり、エネルギー節約することで脳の効率化を図ります。 子供には、大人の様な情報処理能力が培われていないため、大人から見た「無駄」なものも含めて全てを覚えるのです。
チェスにおいては全ての手順が重要になるため、繰り返しの練習により養われる正確な指し方や自身の指したゲームの内容を逐一記憶することが大切になります。
即ち、純粋に機会記憶しかできない子供の脳の方が、チェスの競技特性に沿った上達ができる可能性が挙げられます。
2)集中力の持続
アメリカのベストセラー作家ジョシュカウフマンさんによると、語学や楽器や資格などのスキルを会得したい場合には、時間的な余裕をもって取り組むことよりも最初の20時間で集中的に行う方が、その後の学習効率が大きく改善できると述べています。
子供の場合、仕事や行事により纏まった時間を作りにくい大人と異なり、チェス上達に集中する時間を確保しやすいのは確かです。
競技を始める年齢が早いほど上達が早いというのは、スポーツや音楽などにも共通する話ですが、こんな科学的な背景があるのです。また子供の頃から養った集中を続ける力は、練習や対戦で大きなアドバンテージとなります。
3) 最新のチェスの研究
コンピューターの発達に伴い、ボードゲームの研究も過去と比べ物にならない速さで進んでいます。
将棋の藤井聡太さんも活用しているAI(人工知能)の能力はチェスでもその威力を示しており、人間を打ち負かすほどまで成長しています。
今の子供たちはこうしたネット環境の上で。オンラインでのコーチや選手との自由な交流や学習も時間と場所を選ばずに行えるので、昔より学習がしやすいのも背景にあります。昔の子供よりも大人に追いつくことが簡単になってきたのかも知れませんね。
私自身も子供たちとの交流の場に参加したときに、チェスに対する意欲とひたむきさにいつも驚かされています。
まだチェスを始めていない子どもたちとも、近い将来に出会えることを楽しみにしています。
KEI 2歳〜NY、MILANO 在住 チェスプレーヤー